コンテンツ・ビジネス塾「マーッドック」(2007-19) 5/15塾長・大沢達男
1)1週間分の日経、ビジネスアイとFTが、3分間で読めます。2)営業での話題に困りません。3)あすの仕事につながるヒントがあります。4)毎週ひとつのキーワードで、知らず知らず実力がつきます。5)ご意見とご質問を歓迎します。
○世界の「メディア王」が、また動き始めました。
いまから10年前(1996)のことです。外国人資本家によって、「テレビ朝日」、「朝日新聞」が買収されそうになりました。日本の社会は「黒船来襲」と、大騒ぎになりました。やってきたのはオーストラリア出身の「メディア王」、ルパート・マードック(76)。「黒船」とは、1853年、「鎖国」の江戸時代に日本にやってきて、日本に開国を迫った米国・ペリー艦隊のことです。当時の人気番組「ニュースステーション」(テレビ朝日)のキャスター・久米宏の顔が引きつっていたのを、はっきりと覚えています。マードックは間もなく引き上げ事件は収まりました。黒船だって?日本ってまだ鎖国しているのー?進歩的を持って任ずるキャスター自らが、鎖国・日本を告白したような面白い事件でした(ちなみに朝日新聞の現在のスローガンは「地球貢献国家」)。そのマードックが、新しくメディア買収に動きました。ターゲットは、ウォールストリート・ジャーナル(WSJ。発行部数約200万部)を発行する米ダウ・ジョーンズ社です。マードックのニューズ社は、はすでに米国でニューヨーク・ポスト紙(約70万部)を所有していますが、ゴシップ記事のタブロイド紙、そこで高級紙が欲しいというのが買収理由のその1。その2が、DJ社の進んだデジタル戦略。その3が、米国で年内に開局予定の経済専門テレビ局のコンテンツ確保としてあげられています(日経 5/3)。メディア王の買収劇に足並みを揃えるように、さらに2つのニュースが入ってきました。ひとつは、米カナダのトムソンによる、金融情報サービスの英ロイターの買収です。ロイターは1851年設立の名門通信社。伝書バトを使った情報伝達で有名です。もうひとつは、マイクロソフトによるヤフーの買収です。なぜメディアの再編が続くのか。背景は、グーグルの躍進です。既存メディアは販売・広告・収益のすべてで低下し、株価は低迷しています(日経 5/9)。
○フィナンシャル・タイムズ(FT)も日経も、自らの明日が見えていません。
5/5にFTが、5/9に日経が、今回のメディ再編についての社説を載せています。日経の社説は、FTの社説に驚くほど似ています。パクったとは言いたくありません。むしろこれが既存メディア・新聞の体質だ、と理解した方がよさそうです。
「諸君は公益を守る立場にある。投資家や基金に応える資金運用の真の目的は、未亡人や孤児を助けることにある」。FTは、20世紀初頭のWSJのオーナー、クラレンス・バロンの言葉を冒頭に引用しています。主張は明解です。「だれがオーナーになるのもよい。・・・しかし政策論争はしっかりやろう。偏見からは独立・自由でありたい。・・・強く独立した新聞こそが開かれた社会には必要なのだから」。日経もまったく同じ主張です。「メディアの重要な課題は言論・報道機関として独立性・安定性をどう確保するかだ・・・・民主主義を支えるメディアの役割を担えるのか・・・」。
FTの社会民主主義的な主張は、胸を打ちます。テーマは、自由と民主主義。ともに善き市民であろうという主張が根本にあります。
○マードックは、民主主義の旗手ではありません。
問題は2つあります。マードックとグーグルです。FTと日経の社説は、この2つの問題にまったく触れていません。問題の本質が見えていないのです。
まず、マードック。彼はいまここに「メディア王」としてあるのは、自由と独立のために戦ってきたからではありません。彼は「イエロー・ジャーナリズム」。大衆に迎合することによって成功を収めてきました。新聞の1面にピンナップを載せ、水着を裸にし、グロテスクな話題で紙面を飾ることで、発行部数を伸ばしてきました。マスコミの教科書は、「イエロー・ジャーナリズム」を否定的なものとして教えますが、これは疑問です。大衆をバカにしています。元祖イエロー・ジャーナリズムの米新聞王のハーストも、世界1の読売新聞を育てた正力松太郎も、大衆迎合で成功しているのです。
さらにグーグルがあります。グーグルは何でもありの世界です。ユーチューブも同じです。ともに格調高い主張とは、おさらばしています。「Wisdom of Crowds(群衆の知恵)」、「総表現社会の到来」(「フューチャリスト宣言」梅田望夫/茂木健一郎 ちくま書房)です。大衆迎合の時代から、さらには群衆の知恵の時代へ、これはもう民主主義なんていう上品なものじゃないと思うのですが。