マードックのつぎの狙い。

コンテンツ・ビジネス塾「マードック˘」(2007-29)7/24塾長・大沢達男
1)1週間分の日経、ビジネスアイとFTが、3分間で読めます。2)営業での話題に困りません。3)あすの仕事につながるヒントがあります。4)毎週ひとつのキーワードで、知らず知らず実力がつきます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

○フリート・ストリートの死。
「1986年には何度か暴動が起こり、何百人もが負傷した。マードックの新聞の不買運動が起こるなかで、ワッピング工場はフル操業でサンの印刷部数を増やし続けていた。労組のワッピングへの移転拒否は就業違反とされ、9000人の社員うち5000人が解雇された。」(今井澂・山川清弘著 東洋経済新報社)。
フリート・ストリートとは、17世紀以来、イギリスの新聞の中心だった地域です。ワッピングとは、当時のサッチャー首相が工場誘致で再開発しようとしたロンドン市街地東部のドッグランズ地区にある波止場地帯の一角です。
母国オーストラリアでメディアを制覇したマードックはイギリスに乗り込み、「タイムズ」「サンデー・タイムズ」「サン」「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」をまたたく間に手に入れ、このワッピングで編集・印刷・配送するようにしたのです。
イギリス最大の労働争議が起こり、マードックは完全に勝利します。労組は政府からも世論からも孤立します。そうして、伝統のフリート・ストリートから新聞社の姿は消えるのです。
マードックの表面上は、労組の弾圧者です。しかし同時の新聞の労組はひどいものでした。アメリカの3倍の人数、全英平均の2倍の給料、タクシーで帰宅し、ホテルに泊まって仕事をしていました。マードックは、サッチャー政権の炭坑ストへの断固とした態度に歩調を合わせ、労組を一網打尽にしたのです(前掲書 P119~P124)。
マードックの米DJ買収。
ウォールストリート・ジャーナル発行する米新聞大手のダウ・ジョーンズ(DJ)は7/17の取締役会で、
マードック(米ニューズ・コーポレーション)の買収提案の受諾を決議しました。なぜマードックはDJに目を付けたのか。まず経済の高級紙だから、つぎは年内に開局予定の経済専門チャンネルのコンテンツが欲しいから、そしてDJ社の進んだデジタル化があげられています。焦点はデジタルです。マードックは、2005年にSNSソーシャル・ネットワーキング・サービス)の「マイスペース・ドット・コム」を買収する先見性を発揮しています。メディア王マードックは、ついにネット産業に景色までも変える、と言われ始めたのです(日経7/18)。76才にしてこの柔軟性、この嗅覚です。
マードックは、50年代に父の死によりオーストラリア・アデレードの地方新聞からスタートします。60年代にはオーストラリア初の全国紙を発行し、70年代には英米各地の新聞を買収、80年代にはイギリスの名門紙タイムズ、アメリカの映画会社20世紀フォックスを買収、米地上波テレビ「フォックス」を開始、90年代には香港「スターTV」買収、日本のテレビ朝日の株を取得・売却、2000年代
ディレクTV」に資本参加、「マイスペース」買収、つぎつぎにメディア王の野心を全うしてきています。マードックの編集方針は明解。「読者が読みたいものを提供する」です。高邁な主張で読者をリードし、啓蒙するではありません。マードックによって編集の独立が脅かされる。メディアは危機感を表明します。76才のマードックは古いのでしょうか。危機を叫ぶジャーナリストが既得権に甘えているのでしようか。
○つぎのターゲットは中国。
恐るべき事実があります。黒船襲来と騒がれた1996年のテレビ朝日騒動の前、マードックは1993年に香港スターTVを買収しています。実はその時から、中国進出に焦点を当てているのです。
マードックの3番目の妻は、香港スターTVに勤めていたトン・ウェンディ(38)です。通訳兼リサーチャー、米イェール大学MBA取得。彼女の人脈から、官僚、企業家、共産党幹部、首相、主席の側近、中国の最高指導部に食い込んでいるのです。マードックは「人脈」で中国に進出しているのです(ビジネスアイ7/23)。76才のマードックの後には、次男のジェームズ(ハーバード大中退)がいます。ほかにいまはニューズを離れていますが、長女のエイザベス、長男のラクラン、そしてウェンディとの間にもふたりの娘がいます。マードック王国は永遠です。