コンテンツ・ビジネス塾「羽生名人」(2008-25) 6/24塾長・大沢達男
1)1週間分の日経、ビジネスアイとFTが、3分間で読めます。2)営業での話題に困りません。3)あすの仕事につながるヒントがあります。4)毎週ひとつのキーワードで、実力がつきます。5)ご意見とご質問を歓迎します。
1、千駄ヶ谷将棋会館
6月17日午後8時半、東京千駄ヶ谷・将棋会館。現在進行中の将棋を研究していた100人余りの将棋ファンから拍手がわき起こりました。名人戦の勝者は羽生。羽生善治(はぶよしはる)が、永世名人の資格を得た瞬間でした。将棋会館は男の世界です。集まってくるのは将棋ファンだけでなく、男の闘いに血が騒ぐ不良もいます。かつて歌手の井上陽水を見かけたことがあります。
将棋の名人とは江戸時代から続く名誉ある地位です。初代名人(1612年)の大橋宗桂は、将軍徳川家康から給料をもらっていました。当初は、有力者が名人に推挙されていましたが、昭和10年からは実力制になります。羽生は江戸時代から数えて、19人目の19世名人になります。
2、羽生善治の頭脳
なぜ羽生が問題なのか。羽生が将棋界で圧倒的な強さを誇るだけなく、人類最高レベルの頭脳を持っていると考えられているからです。
1970年生まれの羽生伝説は、82年の小学生名人戦の優勝から始まります。85年に史上3人目の中学生棋士に。そしていきなり86年に勝率7割4分1厘を記録、全棋士の1位になります。88年のNHK杯では、16才で歴代名人の大山康晴、加藤一二三、谷川浩司、中原誠を立て続けに破り優勝。羽生マジックはテレビ中継により全国の目に焼き付けら、スーパースターになります。96年には将棋のタイトル7冠を独占。社会的事件に。そして今回の19世名人の資格獲得になるわけです。通算成績は1028勝384敗。勝率7割2分8厘。もちろん他を圧倒するものです。
羽生と対談した芥川賞作家の小川洋子は、「この人は300年ぐらい生きている」「人間離れした大器だ」と言いました。また脳科学者の茂木健一郎は、「将棋の神様とたわむれている」と表現しました(毎日6/18)。さらに、羽生の頭脳に科学者の立場から迫った、人工知能の伊藤毅志(電気通信大助手)と認知科学の松原仁(公立はこだて未来大学教授)は、自分の思考を客観的に捉える能力とそれを理路整然と説明できる能力で卓越していると、羽生の頭脳を絶賛しました(「先を読む頭脳」羽生善治 伊藤毅志 松原仁 新潮社)。
羽生は勝負の世界に生きながら、自分の思考をオープンにします。企業秘密なんてありません。
人は将棋に指されている。将棋は運動や法則の実現として存在する。将棋とは個人の欲望や執念の産物でもなければ個人の人生の比喩でもない。将棋の法則を見つけなければならない(「羽生 21世紀の将棋 保坂和史 朝日出版社)。これが羽生のテーマなのです。韓国将棋や中国将棋などゲーム一般の研究もします。しかもチェスでは日本最強です。
しかしどうでしょう。羽生の研究は可能でしょうか。羽生が最高の頭脳とするなら、それ以下の頭脳(私たち)が最高の頭脳に挑戦して何を理解できるでしょうか。無理です。自分の頭脳で自分とは何か、を考える不可能性よりさらに困難です。羽生は謎として残るだけです。
3、羽生の教え
○「流れをつくるより、サーフィンのように流れに乗っていく。波はつくれないが、乗れるかどうかだ」○「相手の選択に『自由にしてください』と身を委ねる。そこでその他力を逆手にとる」○「思考の基礎になるのが勘、つまり直感力だ。直感力の元になるのは感性。感性は・・・読書、音楽、人と会うことによって研ぎ澄まされる」○「深く集中するときは、スキンダイビングで海に深く潜っていく感覚に似ている」「戻れなくなる恐怖感に襲われることもある」○「ボーッとした空白時間をつくるようにしている」「何も考えずに窓の外の風景を見る」(「決断力」羽生善治 角川書店 )
最高の頭脳はむずかしいことを何ひとつ言いません。まず、命の本能(エロス)従います。つぎに、思考の前に直感(パトス)します。そしてとことん論理で考えます(ロゴス)。最高の頭脳は、脳の潜在能力をうまく使い、脳をうまく休ませる能力を持っています。
将棋会館ではプロの解説に対して会場のアマが次々とアイディアを言います。それをプロが中心になってみんなで評価します。ノーもあればイエスもあります。ひとつのテーマに関して100人頭脳が全力を出す理想の会議です。で、結果はどうか。相変わらず、最高の頭脳は、はるかかなたです。