奇跡は民主主義が起こしたのではありません。リーダーシップです。

コンテンツ・ビジネス塾「チリ・サンホセ鉱山」(2010-39) 10/19塾長・大沢達男
1)1週間分の日経が、3分間で読めます。2)営業での話題に困りません。3)学生のみなさんは、就活の武器になります。4)毎週ひとつのキーワードで、知らず知らず実力がつきます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

1、ニュースウォッチ9
南米チリ北部のサンホセ鉱山落盤事故で、地下700メートルに閉じ込められた33人は、10/14までに全員救出されました。地下に閉じ込められたとの報道に触れたとき、誰しもがあまりの恐ろしさに耳をふさいだはずです。奇跡は起こりました。そして10/14夜のNHKのニュース番組「ニュースウォッチ9」が、33人の70日の生活を支えたのは「ドラッカー理論」であるとのユニークな報道をしました。ここに番組を再現することはできませんが、なぜドラッカー理論なのかを、考えてみます。
1)まず優れたリーダーがいました。ルイス・ウルスアさん(54歳)です。少年時代の軍政下で父を殺され、6人兄弟の長男として親代わりを勤め、リーダーとして育ちました。鉱山勤務は31年と長いのですが落盤事故があった8/5の時点では、サンホセ鉱山に来てたったの2ヶ月の新参者でした。まずリーダーは、絶対に希望を持てとみんなを励ましました。
2)つぎにリーダーは、食糧配分を決めました。20日間持ちこたえれば救出されると予測を立て、メンバーの食事量を一日、マグロの缶詰小さじ2杯、牛乳一口、一日おきにビスケット1枚、と決めました。予測は正確でした。17日後に地上との連絡が取れるようになり、食糧は補給されます。
3)そしてリーダーは全員の役割を決めます。33人は仕事班、睡眠班、休憩班に分けられます。寝室、食堂などのスペースも作られます。さらに健康管理、相談、見張り、記録、メンテ、「盛り上げ」などの役割も決められます。定期的に礼拝を開き、聖書を読み説教をする牧師もいました。「盛り上げ」役は、持ち前の明るさで9/18チリ独立200周年の日に、国旗を手にしチリの民族舞踊を踊ったマリオ・セペルペダさん(40歳)でした。(『朝日新聞』、『読売新聞』、『産經新聞』10/15朝刊)。
リーダーは危機のときに先頭に立ちました。ひとりひとりの強みを発揮させ、弱みを無意味にしました。凡人をして非凡をなさしめました(『マネジメント』中巻 p.99 ピーター・F・ドラッカー ダイアモンド社)。そしてリーダーは、全員救出という任務完遂のため、最後の33人目に救出されることを志願しました。救出される順番を、あみだくじや挙手による多数決で、決めたのではありません。
2、朝日新聞
『地下ではすべての決定を多数決で民主的に決めていた』このリーダーの発言を、朝日新聞は10/15の朝刊で、ピニュラ大統領がウルスアさんから聞いた話として紹介しています。
この報道には違和感があります。多数決や民主的は、リーダーの責任感と決断力と、なじみません。歴史的な生還を成功させた民主主義の美談に疑問を抱きます。そして、伝聞(本人の発言ではなく、他人が聞いた本人の話)で、しかも大統領の政治的意図を無視して、あるいはウルスアさんの謙遜(けんそん)を想像しないで、多数決と民主的な美談の報道をする朝日新聞を警戒します。
3、民主主義
1)民主主義の基本は祖国への愛と忠誠心です。しかし戦後教育は、日本の国家に誇りを持たせないように、それどころか日本史は犯罪の歴史であると教えてきました。アメリカ教育の根本が、アメリカ人としての誇りを持たせ、アメリカ合衆国への忠誠心を育てることにあるのと、対照的です。この意味で私たちの民主主義は未成熟です(『悪の民主主義』p.55 小室直樹 青春出版社)。
2)ギリシャの哲人は、民主制は僣主制(独裁制)に流れやすいと警告しました。貧民の政治、愚民の政治になりやすいからです。事実、フランス大革命は多数決によってナポレオンに、ドイツの共和制も多数決によってヒトラーに乗っ取られました。(前掲 p.239)。
3)そしてここからがドラッカーの警告です。ファッシズム全体主義の犠牲になるのは理性主義のリベラル(自由主義者)である(『産業人の未来』p.185 ピーター・F・ドラッカー ダイヤモンド社)。ドラッカーは、自由主義者進歩主義者の協力による、ヒトラー政権の誕生を目撃していました。
33人を組織にし成果を上げる。そのとき民主的な多数決と責任と決断のリーダーシップのどちらが有効でしょうか。その答は、ウルスアさんが生還を大統領に報告した最後の言葉にあります。
「担当のシフト作業を終えましたので(この後の作業を大統領に)引き継ぎます」(『産經新聞』)。チリの奇跡から、私たちが学ばなければならないのは、このリーダーの見事が仕事ぶりです。