音楽市場は変わったが、音楽は衰退している。

コンテンツ・ビジネス塾「音楽の時代」(2011-49) 12/12塾長・大沢達男
1)1週間分の日経が、3分間で読めます。2)営業での話題に困りません。3)学生のみなさんは、就活の武器になります。4)毎週ひとつのキーワードで、知らず知らず実力がつきます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

1、音楽市場
携帯音楽プレーヤーで、音楽をどこにでも持ち歩き、いつでも聴けるようになりました。みんなが音楽を愛しているかのようです。この音楽消費の時代は10年前、2001年11月17日の米アップルの携帯音楽プレーヤー「iPod(アイポッド)」の発売から始まります。そして、それは2005年8月の低価格でネットから音楽を購入できるサービス「アイチューンズ・ミュージックストア(現在アイチューンズ・ストア)」開始でさらに加速します。音楽市場は変わりました。この10年でCD生産は5000億円から半分の2500億円に、ネット配信はゼロから860億円に、ライブは6割増の1280億円に急拡大しました(『変わる音楽市場』日経11/18)。国内のCD販売店は10年前の3分の1になりました。
音楽市場はさらに変化しようとしています。まずアップル自体が、音楽市場革命を起こしたiPodを否定し、スマホタブレット端末を主役にしようとしています。そしてコンテンツをサーバー経由で共有できる「アイクラウド」と組み合わせ、新市場を切り開こうとしています。つぎに世界最大のネット通販サービスの技術をもつアマゾン・ドット・コムが、電子書籍端末「キンドル」のタブレット端末「キンドル・ファイア」を投入してきます。さらに、楽天はカナダの電子書籍販売会社コボを買収し、配信から端末まで自社展開する体制を整えています(前掲日経11/19)。
2、音楽は変わったか
音楽市場の新時代を象徴するアーティストにプリンスがいます。プリンスは、新作のCDアルバムを英国紙の付録としてフリー(無料)で配布しました。音楽業界は反発しました。いままで協力してきたレコードショプへの侮辱だ。プリンスは主張しました。これでレコード会社の支配から脱出できる。
携帯音楽プレーヤーの時代は新しい音楽を生んだでしょうか。答えはノーです。プリンスは才能にあふれた革命的な音楽家ですが、1958年生まれ1978年デビュー、もう30年以上活躍しているベテラン・ミュージッシャンです。視野をさらに広げれば、事態は悲惨です。ライブ・イベントで圧倒的な集客力を誇る、世界の3強バンドがあります。まず「U2」。アイルランド・ダブリン出身。ブルース、ゴスペル、ソウルなど取り入れるのが好きで、メッセージ性の強い詩を歌うロックバンドです。デビューは1980年。つぎが「レッド・ホット・チリ・ペッパーズレッチリ)」。アメリカ・カリフォルニア出身。ファンク、ハードロック、パンクロックのテイストが好きなロックバンド。1984年デビュー。そして「レイディオヘッド」。イギリス・オックスフォード出身。1992年デビュー。電子音楽、ジャズ、クラッシック、現代音楽にも取り組むロックバンドです。いまの音楽を支えているのは、20~30年前にデビューした、「昔」若者たちばかりです。新しい音楽は生まれていません。
3、聴く力と作る力
レコードの針を落とし、ベートーベンのピアノ協奏曲3番(1982年録音)を聴く。ピアノはゼルキン、指揮は小澤征爾。ピアニストの指が一瞬もつれそうになる。
村上「今のところちょっとやばいですね。でもこういうのもいいですね」
小澤「あはははは。うん。今のはあやういところだった」
(『小澤征爾さんと、音楽について話をする』P.79 小澤征爾×村上春樹 新潮社)。レコード、CD、DVDをかけながら、指揮者と小説家が音楽について話す。二人は音楽を聴き、音楽を作っています。読者も、自前のレコード、CDでテーマの楽曲を聴きながら、会話に参加できます。ベートーベンが、ブラームスが、マーラーが、手に取るようにわかってきます。
森進一や藤圭子が好きだった小澤征爾は、「演歌っていうのは、日本独特のものだってよくいいますよね。僕はそうは思わない。五線譜で全部説明できると思うんですよ」(前掲P.278からの抜粋)と挑発。ジャズが好きな村上春樹は、「リズム作っておいて、そこにコードを載っけて、インプロビゼーション始めるんですよ。音楽を作るのと同じ要領で文章を書いていきます」(前掲P.131)と、創作の秘密を語ります。読者にも、音楽を聴き、音楽を作る、至福の時間がやってきます。
イヤホンをしてジョギングしている若者、地下鉄の中のスマホで選曲しているビジネスパースン、彼らは何を聴いているのでしょうか、それは音楽とはほど遠いものに違いありません。