トマ・ピケティをイデオロギーで論じてはいけない。

クリエーティブ・ビジネス塾12「トマ・ピケティ」(2015.3.18)塾長・大沢達男
1)1週間の出来事から気になる話題を取り上げました。2)新しい仕事へのヒントがあります。3)就活の武器になります。4)知らず知らずに創る力が生まれます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

1、ロックスター経済学者
経済学者のトマ・ピケティ(43歳、フランズ)がビッグ・ヒットを生み出し、世界の人気ものになっています。ヒット作は『21世紀の資本』、700ページを越す学術書。全世界で100万部、日本でも13万部も売りました。申し訳ありません。読んでいません。5000円もします。私の経済力ではとても買えない。正直に言えば読みこなせそうにありません。そこで、『東洋経済』の「ピケティ完全理解」(1/31)と日経の経済教室「格差を考える」(2/11,2/12)を手がかりに、なにを論じ、なぜ人気になのか、を考えて見ます。
1)まずトマ・ピケティは、税務統計と国民所得計算から所得占有率という格差の指標を推計する方法を編み出し、3世紀にわたり20カ国以上のデータを収集し、富と所得の歴史的変動を明らかにしました。
2)その結果、資本収益率(r)は経済成長率(g)をつねに上回る、歴史的事実があることが分かりました。つまり富裕層に富が集中し、豊かな人とそうでない人の格差は広がっている。資本主義のもとでは能力主義や機会の平等性といった民主主義の価値観が足元から崩れている。持てる者と持たざる者の差はますます開いていました。
3)処方箋は、資本に対する累進課税を課す。それも資本が他国に逃げ出せないように国際的にやる。
トマ・ピケティはマルクス主義者ではありません。『21世紀の資本』はカール・マルクスの『資本論』を連想させますが、ピケティは『資本論』を読んでいません。そして経済学者としての位置づけは、ベースがオーソドックスな新古典派経済学で、ケインズを代表とする中道左派。つまり資本主義は自動的にバランスの取れたものとはならないので、適度に管理が必要である、という立場の経済学者です。
2、なぜ売れたのか
資本は「悪」、格差は「悪」だと考える、「裕福な正義派」(革新派)が、この本を買ったと想像します。
まず、アラン・グリーンスパン米連邦準備制度理事会議長は、「世界的な累進課税?」「それは資本主義ではない」と、トマ・ピケティの処方箋に反対しました。そして生活レベルを向上させるのは、資産の富のシェアが拡大したときである。所得格差が広がっているのは、急速な技術革新について行けない人が出ているためだ、と論じました。つまり格差は「悪」ではなく、次の成長のエンジンになると考えています。
つぎに、日本での格差は米国に比べて小さい。成人人口の上位0.1%の高額所得者の所得の総所得に対する割合は、米国が8%、日本が2%です。重大でも深刻でもありません。
さらにいえば、日本での格差は一部の大金持ちの存在ではなく、高齢者の貧困、不安定な若者の雇用、ボ母子家庭の増加(日経2/21)です。5000円の大金を払えるような人々の問題ではありません。その日暮らしの生活者の問題です。
この本を買った、「裕福な正義派」とはだれでしょう。革新主義者や日本的なリベラリストたちです。それもタイトル『21世紀の資本』に飛びついた。マルクスの革命理論に取り憑かれている人たちです。
3、森口千晶
○成長は貧富の差を生み出すか。                ○持続的な成長は格差を縮小させるか。
○富の蓄積は革新の推進力か。                   ○富の偏在は成長を阻むのか。
「格差を考える(上)」(日経2/11)での森口千晶(一橋大学教授、スタンフォード大学客員教授)の緒論は「裕福な正義派」を寄せ付けません。学問的で本質的です。
まず森口は、戦前日本の高額所得者(上位0.1%)は9%、戦後は2%であることから、日本の高成長は、戦前は「格差社会」、戦後は「平等社会」で実現したことを証明します。「格差と成長」の関係は一義的には決まらない、とピケティに反論します。つぎに森口は、2012年の日本の超富裕層の平均所得が約5500万円で、米国ではその7倍の3億8000万円であることを例にあげ、日本の上位所得シェアは歴史的にも国際的にも低い水準にあり、ピケティが指摘する「富裕層のさらなる富裕化」は起こっていないと反論します。そして森口は、日本のシステムはチームワークで米国のシステムはスターシステムであるとし、日本では傑出した個人に十分な報酬を与えないために、才能が流出する危険があることを指摘します。さらに森口は、成長と格差は最適バランスには真摯な議論が必要であると結びます。資本は悪、格差は悪、革新主義や日本的なリベラリズムで、トマ・ピケティを論ずることはできません。