園子温『ラブ&ピース』をどう評価しますか?

クリエーティブ・ビジネス塾30「園子温」(2015.7.22)塾長・大沢達男
1)1週間の出来事から気になる話題を取り上げました。2)新しい仕事へのヒントがあります。3)就活の武器になります。4)知らず知らずに創る力が生まれます。5)ご意見とご質問を歓迎します。

1、TOHOシネマズ新宿
新宿コマ劇場の後に建設された「新宿東宝ビル」が4月17日にオープンして3ヶ月、屋上から強大なゴジラが見下ろしているビルは、「新」新宿のランドマークになっています。ビルには「ホテルグレイスリー新宿」、「TOHOシネマズ新宿」、そしてさまざまな飲食店が入っています。歌舞伎町しかも背後にラブホテル群とコリアンタウンを控えている場所とは違う、青山や六本木のような感じのいいお店が揃っています。
そのTOHOシネマズ新宿に園子温(そのしおん)監督の『ラブ&ピース』を見に訪れたのは7月14日、上映開始10分ほど前にチケット買おうとしたら、無常にも売り切れ。売り切れ!?何が起こったのかさっぱり理解できませんでした。そして再挑戦は、7月21日。夕方1回だけの上映。ネットで予約して現地に。そして納得!100席ほど場内はほぼ満席。「ラブ&ピース」はヒット。園子温監督は映画は客を集めていました。
2、『ラブ&ピース』
映画のストーリーは簡単です。会社と社会で「ダメ男」の烙印を押された男がある日小さな亀に出会い、男はロックンローラーとして成功し、亀も巨大に成長する話です。この映画で園子温監督は、いままでと180度違う作風で、観客を裏切り続けます。
まず、この映画に猟奇的なサドマゾ的描写は登場しません。基本はファンタジー映画。 だいたいダメ男が亀と出会ってストーリーが始まる映画なんて、園子温監督の映画とは思えない。ロックンローラーは音楽的に煮詰まると、亀に作曲のアドバイスを受ける。そんなやさしいヒーローは監督の映画にふさわしくない。
第2に、これはトイ・ストーリー、おもちゃたちのための映画です。おもちゃ、お人形、ロボット、ペットや動物たちの映画です。クリスマスのその日、おもちゃ王国のサンタさんは子どもたちへのプレゼントをたくさん積んで、トナカイに引かれた馬車で出掛けようとする。ところがサンタさん、「所詮、プレゼントたちは、捨てられる運命にある」などと、ペシミスティック(厭世的)なセリフをはきます。おもちゃが人間を告発しています。
そして、この映画は特撮技術で優れた映画です。おもちゃ王国には、お人形、ぬいぐるみ、ブリキのロボット、そしてホンモノの猫、犬、ウサギが住んでいます。不思議、不思議、どれも命があるように、フムーズに動きます。駒撮り撮影なのか、CGなのか、単なる実写なのか、その境界がわかりません。
ファンタジー、おもちゃ、特撮・・・ウォルト・ディズニーピクサー・フィルム、ジョージ・ルーカスに負けていません。『ラブ&ピース』は、園子温監督の新しい才能を示す映画です。
3、園子温監督(本名、漫画家、映画監督)
園子温(そのしおん)監督(1961~)は本名です。まず詩人としてスタート、つぎに漫画家として挫折、そして24歳のときにぴあフィルムフェスティバルで入選、映画監督としてスタートします。
その名を高くしたのは『冷たい熱帯魚』(2011)。実際の猟奇殺人事件をテーマに、吹越満とでんでんが登場するなんとも不気味な映画です。ドキュメンター調、残虐なテロとホラー、そして全編がSM的リアリリズムに支配されています。ヴェネティア国際映画祭、トロント国際映画祭、釜山国際映画祭で上映され話題になります。園子温監督の前衛芸術家としてイメージは決定的になります。
そして『ラブ&ピース』の裏切り。でもこれは素晴らしい裏切り。監督の才能の限界を見せたのでなく、監督にはまだ無限の未来があることを約束させる裏切りでした。映画のエンディングに「RCサクセッション」の『スローバラード』が流れます。映画を上回るほどの圧倒的な迫力、そして忌野清志郎は「音楽を発明している」ことに気がつきます。園子温監督は映画を発明しているのか。
現在の日本を代表する北野武監督は、70年代の新宿歌舞伎町で青春時代を送っています。ジャズ喫茶「ヴィレッジ・バンガード」が職場、そして連続殺人で死刑になった「永山則夫」とすれ違っています。
寺山修司唐十郎、フーテン、中核派実存主義・・・歌舞伎町は哲学、思想、芸術、音楽、文学・・・文化運動の坩堝(るつぼ)でした。北野武監督は歌舞伎町から生まれました。北野監督がまだ有名になる前、映画館ではたったの数人の観客が集まり、応援していました。なぜ彼らは北野映画に集まったか。「北野武監督は映画を発明していた」からです。最近の北野ヤクザ映画に不満はありませんが、もはや北野映画は映画を発明していません。園子温監督は北野武監督のあとを担う人です。集客力はあるでも残念ながら、『ラブ&ピース』は、映画を発明していません。「新」新宿は、文化運動の拠点になれるでしょうか。