クリエーティブ・ビジネス塾50「残業の電通」(2016.11.21)塾長・大沢達男
「創る仕事に終わりはない。それは長時間労働なのだろうか。」
1、自殺
東大文学部を卒業したばかりの女子新入社員(24)が、投身自殺をしました。昨年12月のことです。彼女が死ぬ前のひと月の残業時間は105時間でした。彼女はSNSに仕事の苦悩を発信していました。
「休日返上で作った資料をボロクソに言われた。もう体も心もズタズタだ」
「土日も出勤しなければならないことがまた決定し、本気で死んでしまいたい」
彼女が務めていたのは、株式会社電通、インターネット広告を担当するデジタル・アカウント部でした。
この事件をきっかけに、東京労働局などは10月14日に労働基準法に基づき、東京都港区の電通本社などを立ち入り調査しました(日経10/15)。三田労働基準監督署は労災と認定しました。亡くなった女子社員は残業時間を労使協定で定めた月70時間以内に抑えるために、11月の残業時間を69.5時間と、実際より減らし記載していました。労働基準監督署は長時間労働の是正勧告を出しています。従わない場合は、刑事事件として書類送検されます(日経10/19)。
2、鬼十則
電通とは広告会社です。トヨタ、日立、花王など日本の大企業の広告は、電通が企画し制作しています。
アニメ『千と千尋の神隠し』の観客動員をしたのも、2020TOKYOを日本に招致したのも電通です。
その電通が長時間労働で社会の批判の矢面に立っています。そしてその根本原因は電通の企業精神「鬼十則」にあると指摘されています。鬼十則とは、電通の中興の祖、広告業界の父、民間放送の生みの親である吉田英雄(1903~63)が作ったものです(『電通「鬼十則」』植田正也 日新報道)。
1、仕事は自ら「創る」可(べ)きで、与えられる可きでない。
2、仕事とは、先手先手と「働き掛け」て行くことで受け身でやるものではない。
3、「大きな仕事」と取り組め、小さな仕事は己を小さくする。
4、「難しい仕事」を狙え、そして之(これ)を成し遂げる所に進歩がある。
5、取り組んだら「放すな」。殺されても放すな。目的完遂までは。
6、周囲を「引き摺り廻せ」。引き摺るのと引き摺られるのとでは永い間に天地のひらきが出来る。
7、「計画」を持て。長期の計画を持って居れば忍耐と工夫とそして正しい努力と希望が生まれる。
8、「自信」を持て。自信がないから君の仕事には迫力も粘りもそして厚みすらない。
9、頭は常に「全廻転」。八方に気を配って一分の隙もあってはならぬ。サービスをはそのようなものだ。
10、「摩擦を恐れるな」。摩擦は進歩の母、積極の肥料だ。でないと君は卑屈未練になる。
鬼十則は、日本のビジネスパースンの精神としてだけでなく、英訳され世界GE(ジェネラルエレクトリック社)にも飾られ、ビジネスの原理原則になっています。話題になっているのは「5]の「殺されても放すな」です。何が問題でしょうか。GEの英文では、"5、Once you begin a task, complete it. Never give up."になっています。あたり前のことではありませんか。ちなみに「鬼十則」は、"Dentsu's 10 Working Guidelines."です。仕事の現場に「鬼」を介在させるのは、よくないとなれば、日本語は死にます。
3、クリエーター
亡くなった女性は、クリエーターではなかったようですが、電通の「創る仕事」の先輩として話します。
○クリエーターは、自己犠牲の仕事です。
主役はお客さま(クライアント)です。あなたではありません。お客さまにあなたを売り渡すのが仕事です。
○クリエーターは、自己顕示の仕事です。
好きだからこの仕事をやっています。土日でも喜んで会社に。無から有を生み出すのが、楽しいからです。
○クリエーターは、瞬間のひらめきの仕事です。
面白いアイディアは誰の目からも面白い。下らないアイディアをもとに仕上げた仕事はつまらない。5秒で破り捨てられます。いい仕事は、働いた時間で、決まるのではありません。
○クリエーターは、永遠に戦う仕事です。
「創る仕事」には、勝ち負けがあります。勝てないものは、勝負の舞台から消えて行きます。
亡くなった女性社員のご冥福をお祈りします。でもこれは、長時間労働、鬼十則、パワハラの問題ではありません。「創る」という、「ろくでなし」(ジョン・レノンの発言)の仕事の時代が始まったのです。