クリエーティブ・ビジネス塾27「ドストエフスキー③」(2017.7.3)塾長・大沢達男
「ドストエフスキーから、何を盗むか。」
1、リアリティ
小説にリアリティを持たせるため、ときどき語り手のである作者が登場します。そうしてこのエピソードが、あたかも実際にあった話にもとづいている、といった現実感を持たせるのです。
『源氏物語』でも、紫式部が使っています。あるプロットの途中で作者は、ことの詳細をこれ以上、くどくど話しても退屈でしかないから省略する、と書きます。読者は納得し、さらに想像力を膨らませることができます。『源氏物語』をよく読んでいた谷崎潤一郎も同じ手法を『細雪』で使っています。
「ここで改めて、著者であるわたくしからも個人的につけ加えておく」(『カラマーゾフの兄弟3』亀山郁夫
光文社文庫p.16)
「ともあれ、ここで率直に述べておこうと思うのだが、わたくしがこれほどにも愛し、これほどにも若いわたしの主人公の人生に訪れた、この不思議であいまいな瞬間のもつ正しい意味をここではっきりと伝えることは、著者本人にとってもたいへんむずかしいことである」(p.38)
2、クライマックス
『カラマーゾフの兄弟③』には長男ミーチャ(ドミトリー・フョードロビッチ・カラマーゾフ)の父殺しのシーンがあります。正確には父殺しをしたのではないか?と思わせるシーンがあります。作者は極めて周到にこのシーンを描いています。殺害したのか、してないのか。なんど読んでも分からないようになっています。
ミーチャ『ひょっとしたら、殺すかもしれない、でも、殺さないかもしれない』(中略)「ミーチャはもうわれを忘れて、ポケットからやにわに胴の杵を取り出した・・・・・・」(p.189)
そのあとの1行は、「・・・・・・・」だけ。そしてさらに1行が空白の、ままになっています。
ドストエフスキーは「死刑」の判決を受けた経験があります。法廷での刑事裁判を知っています。刑事裁判は、常識が通用しない世界です。父殺害のプロットは、証拠となるようなものを、一切記述していません。
3、スケルツォ
『カラマーゾフの兄弟③』は交響曲で言えば第3楽章、スケルツォ。たわむれ、冗談、3拍子です。
1)いかさま
ミーチャと仲間は、ふたりのポーランド人とトランプをします。ところがロシア人は負け続けポーランド人が勝ち続けます。ポーランド人はまず持ちかける、インチキがないように新しいカードでゲームをしましょう。そこで宿の主人が封を切ってない新しいカードを持ってくる。インチキはここから始まる。新しいカードはたくみに、ソファーに隠され、ポーランド人が持参したインチキカードにすり替えれます。
「・・・そのインチキのカードを訴えようと思えば、あんたなんかシベリア送りにできるんだぞ、わかってんだろうな、インチキのカードが、偽札同じ扱いだってことが、」(p.294)
2)シャンパン
ロシアと言えばウォッカですが、『カラマーゾフの兄弟』での主役は、シャンパンです。
「シャンパンをひどくほしがったのは女たちだけで、百姓たちはむしろラム酒やコニャック、とりわけ熱いポンチを好んだ」(p.299)。
シャンパンはフランス製、コニャックもフランス。当時のロシアはフランスの影響を受けていました。
ちなみにミーチャは酒屋に、シャンパン3ダース(36本)払っています。1本5000円として約20万円近く。
まあまあ、ですね(p.540~41読書ガイドから)。
3)『蜘蛛の糸』
「天使は、女のところに駆け出し、葱を差しだしました。さあ女よ、これにつかまって上がってきなさい。そこで天使はそろそろと女を引きあげにかかりました。そしてもう一歩というところまで来たときに、湖のほかの罪びとたちが、女がひっぱり上げられるのを見て、いっしょに引きあげてもらおうと女にしがみついたのです・・・」(p.78~79)。
エッ?なに、これっ?芥川龍之介の『蜘蛛の糸』とそっくりです。芥川は盗作したのですか。
ドストエフスキーはロシアの民話からこの話を取材しました。そして芥川は『カラマーゾフの兄弟』ではなく、『因果の小車』(『カルマ』ポール・ケラスの鈴木大拙訳)を読み、それをヒントにしました(p.525 読書ガイド)。まとめ、ドストエフスキーのスケルツォは、どうなんでしょうか。