クリエーティブ・ビジネス塾42「ビートたけし」(2017.10.16)塾長・大沢達男
「『アナログ』は素晴らしい。たけちゃんの勝ちです。」
1、たけちゃん
漫才、タレント、俳優、監督、小説、絵画・・・表現のあらゆるジャンルで天才の実績を残している東京の下町生まれの「たけちゃん」が今度は小説家に挑戦しました。
たけちゃんには『漫才病棟』という小説があります。亡くなった小説家の野坂昭如が、明治以降の日本を代表する100の小説に入る評価した傑作です。しかし、たけちゃんによると、あのころの小説は、自分が話したものを専門家の人にまとめてもらったもので、自分で書いた気がしない。そこで今回、完全に自力で『アナログ』(ビートたけし 新潮社)を書きました。もちろん、芥川賞受賞の漫才師の又吉直樹『火花』の向こうをはってです。
『アナログ』の主人公は、建築の設計事務所につとめる30代のデザイナー、クリエーターです。喫茶店の内装、ホテルのフロア、ショッピングモールのデザインなどを仕事にしています。
現在の業界の設計デザインの仕事は、コンピューターを使うのが主流ですが、主人公のクリエーター水島悟は、アナログです。ハサミと紙で、模型を作ってプレゼンテーションします。つまり、デジタルの時代に逆らうアナログ人間が小説のテーマになります。水島悟は恋に落ちますが、ここでもアナログです。スマホやSNSを使って、彼女と連絡を取り合ったり、約束をしたりしません。彼女もそれに同意します。つまりふたりの逢瀬は、おたがいの信頼だけで、同じ喫茶で出会うということになります。いきなりホテルに行って激しいセックスをするというのでもありません。
2、ビートたけし
小説には笑いがあります。いたるところにギャグがあり、芸人、歌手、タレントが実名でネタとして使われます。三波春夫、エルトン・ジョン、曾野綾子、小林研一郎、氷川きよし、東海林太郎、菅原都々子、松崎しげる、ヒデとロザンナ、ジローラモ、桂三木助、立川談志、春風亭柳好、古今亭志ん朝、古今亭志ん生、水前寺清子、阿川佐和子、ブルーハーツ・・・。ちょっと古い人が多いのですが、どのネタも笑えます。
小説の舞台は東京です。広尾、三田、大井町、新橋、吉祥寺・・・。魅力がある街ばかりが登場します。
さて小説はどう評価されるべきでしょうか。問題は、主人公の水島悟が、描かれているか、共感できるかです。
まず設計デザインの仕事は、よく描かれています。クライアントのオリエンテーションを受けて、どのような設計プランをプレゼンテーションするか。さらには施主の修正の要請にどう応えるか。うまく要望に応えれるか。そこがデザイナーとしての腕前なのですが、主人公のデザイナー水島悟は、うまく対応しています。
水島の上司の岩本が、やたらとカタカナ語を使うのも面白いです。<クライアントの ニーズがドラスティックに変化するので(中略)フレシキブルに対応するツールとグランドデザインを考えなければ・・・>(p.3)
さらに岩本が、水島を始めスタッフが出したアイディアを自分の手柄だと自慢するところも、リアリティがあります。
水島悟は仕事で大阪に出張しますが、東京と大阪の社員の気質の違い、遊び方の違いも、うまく描けています。
つぎに主人公の親友、ゲーム設計の山本と不動産会社の高木は、サイコーです。笑いのすべてはこの3人がそろったときに、集中しています。悪友で親友です。水島悟は友情に支えられ生きています。水島悟の母は、病院にいますが、若いときに苦労ばかりして、ろくなものを食べていなかったから骨が弱い、というのも泣かされます。
さて問題は、水島悟の恋人です。彼女は謎の人として小説に登場します。だからよくわかりません。描けなかったのか。描かなかったのか。恋人はやがて、大変な人だと分かるのですが・・・。たけちゃんは、女を描くのがちょっと苦手です。もし芥川賞受賞が問題になるなら、ここを先生達がどう評価するかです(出版社が新潮も問題)。
『アナログ』は、どの小説とも似ていません。オリジナリティに富んでいます。しかもテーマは「今」です。自分は何ものだと抽象的な問いを繰り返す、マスタベーション的な私小説ではありません。面白く、泣かせ、考えさせられます。かんたんで、わかりやすく、ふかい小説、傑作です。
3、北野武
小説は必ず映画になります。これも大ヒット間違いなしです。
まず、躍動的な会議のオープニングは、ブラック企業「電通」で撮影して欲しい。主人公のデザイナーはやたら徹夜、徹夜で仕事をします。そして叙情的はエンディング(小説を読んでいないあなたには内緒)は、伊豆の多々戸海岸で。つぎに水島悟と高木・山本の飲み屋のシーンは麻布十番の「あべちゃん」で。大阪の飲み屋は、梅田の法善寺横町。
つぎに、建築設計のデザインの現場のシーン。模型を実際に作り、ビジュアライゼーションのお手本を見せて欲しい。世界の安藤忠雄先生に、実際の模型を作っていただき、ぜひ制作に参加して欲しい。ここがうまくできれば映画の芸術度は、身震いするものになるはずです。
そして最大の難関は、水島悟を誰が演ずるのか。恋人は誰なのか。キャスティングが難しい。木村拓哉じゃ老けすぎている。松田龍平はどうかな。ダメかな。女は、斉藤由貴(コケるね)。小説家の朝吹真理子はどうだろう。
監督は北野武じゃない。ソフィア・コッポラ(フランシス・コッポラの娘)がいい。北野武は製作総指揮でいい。