ノーベル賞受賞、最新の行動経済学とは何か?

クリエーティブ・ビジネス塾47「行動経済学」(2017.11.20)塾長・大沢達男

ノーベル賞受賞、最新の行動経済学とは何か?」

1、正統派経済学
2017年のノーベル経済学賞行動経済学の米シカゴ大学リチャード・セイラー教授(1945~)が受賞しました。行動経済学は正統派経済学への反抗から生まれました。正統派経済学は、人びとが「合理的な」経済行動をすると想定して、構想されています。
<人びとは経済理論のモデルに含まれている計算をすることはできなくても、あたかもその計算をしたかのように振る舞う>、あるいは<(ビリードの)名手は物理学や幾何学を知らなくとも、それらの知識を動員しているかのように球を突けるではないか>、さらには<人間は確かに間違いをするのは認めるが、多数の人間による間違い同士で打ち消しあうことが多いので、集合的な行動を説明するうえではそれらは問題にならない>、というふうにです(『行動経済学入門』p.9~10 リチャード・セイラー 篠原勝訳 ダイアモンド社)。これに対して行動経済学は、合理的思考に整合しない事実、考え方を取り扱います。経済学における例外事象を論じています。
2、様々なケース
例1:「勝者の呪い」・・・小さな広口瓶に小銭を一杯いれる(いくらの金額になるかは数えておく)。用意ができたら行きつけのバーに行き、常連客に小銭が一杯詰まった広口瓶をいくらで買うかを、セリにかける。結果はこうなる。①セリ値の平均は、硬貨の総計学をかなり下回る(セリ手はリスクを避ける。つまり損をしたくない)。②セリに勝った者の言い値は、広口瓶の価値を上回る(p.79~80)。
懐具合に不安があるときは、この手を使って街に繰り出し、思い切り羽をを伸ばすことができると、セイラー教授はユーモアたっぷりに説明します。これを「勝者の呪い」といいます。オークションやセリでは落札者がしばしば、損をします。非合理的な経済行動をします。
例2:「公正と正義」・・・質問a、ある人気車種が品薄になった。注文した車が客に届くまでに数ヶ月待たされる。販売店は、これまで表示価格で売ってきたが、ここにきて表示価格を200ドル引き上げている。
質問b、ある人気車種が品薄になった。注文した車が客に届くまでに数ヶ月待たされる。販売店はこれまで表示価格より200ドル安く売ってきたが、ここにきて表示価格どおりの値段で売っている(p.118~119)。
ふたつの質問に対するアンケートが結果が面白い。質問aに対しては71%が不公正だと感じ、質問bに対しては42%だけが不公正と感じる、という結果が出ています。つまり同じ価格でも、上乗せ価格は不公正、値引きの取り消しは公正と思われるのです。
例3:「カレンダー効果」・・・「ブローカー歴」というのがある。何月何日がウォール街で良い日になるか。1個から5個までの$(ドルマーク)で株式市場の運勢がつけてある。それによると、概していい日は金曜日、悪い日は月曜日、いい月は1月、月初めと月末は平均よりいい、法定休日の前日もいい(p.211~212)。
ブローカー歴の正当性は証明されているそうです。1987年10月19日、「ブラック・マンデー」にはひとつのドルマークしかついていませんでした。株価は500ドルも暴落しています。証券マンは早くからこの暦に注目していました。
3、ノーベル賞
リチャード・セイラー教授の行動経済学は「ホモ・エコノミカス(合理的経済人)をモデルにしません。必ずしも合理的な経済行動をとらない個人の意思決定が、経済にどのようなバイアス(ゆがみ)をもたらし、それが市場にどんなアノマリー(変則現象)もたらすかを明らかにしました。このことがノーベル賞受賞につながりました。
まずセイラー教授は、選択エラーを予測可能として正統派経済学が説明できなかった問題を、解決できるようにしました。選択エラーを「SIF(Supposed Irrelevant Factors=想定上無関係な要因)と呼びそのリストを作り、予測できるなら逆に利用し、選択をよい方向に導くようにしました。そして年金加入率を上げる、ジェネリック(後発)医薬品の利用促進で医療費の削減の成果を上げました。
つぎの功績は、「ナッジ(nudge=肘で押して進める=小さな誘導)」です。ナッジとは人びとの選択を誘導すること、新しい政策介入の手法です。社会実験では従業員の貯蓄率を4倍近くまで上げることに成功しました。
実際の話ではありませんが、わかりやすい説明があります。A定食1000円、B定食2000円。店は利益の上がるB定食を売りたい。そこでメニューにC定食3000円を加える。するとB定食が売れるようになる。1番高いものは敬遠され、2番目が選ばれる(日経10/22)。納得がいきます。
リチャード・セイラー行動経済学での受賞は、1978年のハーバート・サイモン、02年のダニエル・カーネマン、13年のロバート・シラーに次ぐ4人目のものです。行動経済学は現在の社会科学の中心にあります。
ところがセイラー教授はこう断言します。「『行動経済学』という言葉は私たちの辞書から消えていくだろう」。つまり行動経済学は正統派経済学への反抗でもなんでもありません。エビデンス(実証根拠)に基づいた高い説明力もつ経済学こそが、まともな経済学だというのです(『経済教室』日経10/18 池田新介大阪大学教授)。