THE TED TIMES 2023-14「安倍晋三回顧録」 4/8 編集長 大沢達男
国際基準で『安倍晋三回顧録』(中央公論新社)の安倍元総理を採点してみます。
安倍晋三は、憲法改正を改正を主張し、靖国神社に参拝し、そしてGHQ製の教育基本法を改定した、保守派の政治家でリベラル派ではありません。
しかし国際舞台ではアングロサクソンの価値観、英米のMBA(経営学修士)の手法、リベラルで行動しました。
MBAに従い、コミュニケーション、ネゴシエーション、プレゼンテーションの3点を『安倍晋三回顧録』(中央公論新社)の安倍晋三から学びます。
1、コミュニケーション
ドゥテルテ大統領(フィリピン)は、安倍晋三を自宅の寝室に連れて行って銃のコレクションを見せ「好きな銃を持ち帰ってくれ」と言われました。安倍が断ると「いいから持っていけ」としつこかった。
なぜそこまでドゥテルテは安倍を信頼したのか。それは反米のドゥテルテに、自分の祖父(岸信介)はGHQの戦犯として拘置されたのもかかわらず、日米安保条約を改定して同盟の基礎を築いた、私怨ではなく国益を考えた、と説明したからです(p.204)。
プーチンとは出会いは鮮烈です。ロシア・ソチ五輪の開会式をオバマ、オランドなど各国首脳がボイコットするなか、安倍はチャンスと見て開会式に出席し、首脳会談をしています。プーチンは日本から贈られた秋田犬を連れていました。「噛まれるかもしれないぞ」、とプーチンは脅します。そしてプーチンと安倍はいっきに信頼関係を築くようになります。安倍は4島一括返還から2島返還へと大きく舵をきりますが、実現しませんでした、誠に残念です。
それよりもっと残念なのは、ロシアのウクライナへの軍事作戦に対して、安倍ならばプーチンとサシで話し合い、終戦への大きな役割を果たせたのではないか、と想像してしまうことです。
トランプ大統領とは恋人同士のような友人になります。電話をしてくると1時間は話します。しかも本題は前半の15分だけ、あとはゴルフと他国の首脳の悪口(p.180)、それに付き合う安倍は見上げたものです。
なぜうまくいったから、ゴルフもそうですが、安倍はトランプが当選するや否や就任前にニューヨークのトランプ・タワーに足を運び、面談したいるからです(p.235)。
トランプが皇居で天皇陛下にお目にかかる時の印象的なワン・シーンがあります。
「シンゾウは私と会う時、いつもスーツのボタンをしているけど、私もした方がいいか」、
それに対して安倍は「私の前ではしなくていいから、陛下の前ではボタンをしてくれ」とお願いしたそうです(p.348)。
2、ネゴシエーション(交渉)
オバマ米大統領と銀座の「すきやばし次郎」で話します。オバマは元弁護士、雑談なし、仕事の話だけの人でした。
オバマは「自分はこの店に来るまで、1台も見ていない」「輸入しろ」と迫ってきます。
安倍は「ではちょっと店を出て、外を見てみましょうか。BMW、ベンツ、アウディ、フォルクスワーゲン。いくらだって外車は走っている。でも、確かにアメ車はない。なぜかって、車を見ればすぐわかりますよ。ハンドルの位置が違うんです。アメリカ車は、右ハンドルを変えず、左ハンドルもまま売ろうとしている」「努力をしていただけなかったら、売れるはずはないでしょう」。オバマは黙りました(p.131)。
メルケルドイツ首相は、中国重視のくせに、口先だけ中国の膨張政策を批判します。そこで安倍は議論はぶつけます。
「ところで、ドイツのエンジンメーカーは、中国にディーゼル・エンジンを売っていますね。中国海軍は、ドイツ製のエンジンを駆逐艦や潜水艦に搭載している。これは、いったいどういうことですか」。
メルケルは「え?そうなの?」と言って、後方に控えている官僚の方を振り向いて聞きました。メルケルはやり手でした(p.189)。
トランプ大統領が日本を標的にしたら、国全体が厳しい状況になります。安倍は気を使いました。
エアフォースワンでフロリダに移動し、ゴルフをすることになります。別荘での夕食の時、北朝鮮がミサイルを発車します。
トランプは「なんと言えばいいか」と安部に聞いてきます。そしてトランプは安倍の提案通り「同盟国の日本を100%支持する」と話します。日米の絆は強まりました。別荘に宿泊してのゴルフは成功します。
安倍は難しいトランプと世界で一番うまく付き合ったのかもしれません。
3、プレゼンテーション
安倍元首相は米国上下両院合同会議で英語による演説を行います。
スピーチライターは谷口智彦。20回以上の書き直し、そして安倍は練習、練習、練習をしました。MBAが教える通りです。
かつての祖父岸信介の上下院での演説、サラリーマン時代のニューヨーク勤務、そしてワシントンの第2次世界大戦メモリアル訪問。高校時代に好きだったキャロル・キングの「You’ve Got a Friend」に、「あなたにとって最も暗い夜でも、私が明るくしてあげる」という歌詞があります。
日本に東日本大震災というdarkest nightがやってきましたが、米軍がトモダチ作戦で支援を差し伸べてくれました、安倍は結びました。
何回もスタンディング・オベーションが起きました。安部は7年9ヶ月の長期政権の中でも、最も心に残る演説になったと言います(p.157~8)。
第1次内閣で安倍はインド訪問時に「二つの海の交わり」というスピーチをします。これも谷口智彦が書いたものです。そしてこれが2016年の「自由で開かれたインド太平洋構想」につながっていきます(p.159)。
FOIP(Free and Open Indo-Pacific Strategy=自由で開かれたインド太平洋戦略)は、日米豪印の4カ国が、自由の海として繁栄の海として海洋の権益を守っていく、ことを訴えたもので、戦前の大東亜共栄圏に代わるものです。
しかしなんといっても安倍政権時代の最大の国際的プレゼンテーションの勝利は、2013年の東京五輪・パラリンピック開催招致の決定です。
安倍をはじめとするすぺてのプレゼンターがMBAの教科書通り、完璧なプレゼンテーションをしました。
そして2020東京は、コロナの影響で1年遅れて開催され、日本は東日本大震災から立ち直ります(p.118)。
残された問題。
1)アベノミックスは成功か失敗か。問われること自体が成功です。浜田、岩田、黒田の経済理論とガチに取り組んで批判した人はだれもいません。
2)森友学園、加計学園、桜を見る会などは、そもそも週刊誌的話題で、問題ではありません。
3)安倍は財務省を批判しています。今井尚哉政務秘書官(経済産業省出身)がいるせいでしょうか。森友学園の国有地売却問題は、安倍の足を掬うための財務省の策略だ、とまで言います(p.313)。
以上、MBAの視点から、つまり政治技術的に、安倍晋三を高く評価してきました。
御厨貴(東大名誉教授は、『安倍晋三回顧録』という本を通じて、人間安倍晋三を評価しました。
<『安倍晋三回顧録』は、「闘争の記録」で、最後には政治家安倍の人間そのものを見出してホッと安堵した気持ちになる>と評しました(日経3/25)。
つまりこの本には安倍晋三がいる。これ以上の賛辞はないのではないでしょうか。