THE TED TIMES 2023-41「秋元康」 11/7 編集長 大沢達男
「コンセプト」の作り方を秋元康から学びましょう。
「インタヴュアーはしゃべって欲しいことを、あらかじめ教えて欲しい、私はその通りに話すから・・・」と言ったのは、
現代アートのカリスマ中のカリスマであったアンディ・ウォーホルです。
月刊『文藝春秋』(2023年8月号)で連載が始まった、「インタヴュアー秋元康による秋元康ロングインタビュー」は、まさしくウォーホルのコンセプトによる新しい連載です。
まず連載は、秋元康について知りたい読者の要望に応えています。「売れる」コンセプトがあります。
つぎに連載は『文藝春秋』の新しいコンテンツになっています。「新しい」のコンセプトがあります。
いままで「自叙伝」、「私の履歴書」と呼ばれていたものを革新しました。たとえば「三島由紀夫による三島由紀夫へのインタヴュー」や「石原慎太郎による石原慎太郎へのインタヴュー」があったら、読者は飛びつきます。
さらにこの連載は、秋元康の作家活動を歴史化し、秋元ブランドを不滅のものにする狙いがあります。「ブランド」のコンセプトがあります。
つまり連載は、売れる、新しい、ブランドのコンセプトのもとに書かれています。
・・・ところでアンタは、コンセプト、コンセプトというが、コンセプトってなんのこっちゃい・・・?
コンセプトとは「考え方」、「狙い」ということです。あとで詳しく議論します。
2、「川の流れのように」
連載のなかで、秋元康は面白い事実を明らかにしています。
世紀のヒット作「川の流れのように」を、シングルのA面にしたくない、という秋元の戦略があったことです。
しかし美空ひばり側の要望でというより、美空ひばり本人の強い願いで、A面になった、という裏話です。
よくわかります。
「川の流れのように」は、美空ひばりの集大成、つまり、「売れる」コンセプトがありますが、コンセプトの第2の「新しい」、第3の「ブランド」としては、乏しく痩せています。
「川の流れのように」が発売された1989年、1937年生まれの美空ひばりは52歳、1998年生まれの秋元康は31歳。
そして発売のその年に、美空ひばりはこの世の人ではなくなり、最後のシングルになります。
もう歌手生命のない美空ひばり、これから何があるわからないクリエーター秋元康、天命を知っていた美空ひばり、未来を見ていた秋元康、その差がA面論争の真実です。
先ほど、「川の流れのように」は、「新しい」と「ブランド」のコンセプトという点で乏しい、と言いましたが撤回します。
この歌は、フランク・シナトラ(作詞:ポール・アンカ 作曲:クロード・フランソワ)の『マイ・ウェイ』をヒントに作られましたが、
美空ひばりの歌唱により、新しさでもブランド構築でも、堂々たるものになっています。
さらに、マンハッタンのイースト・リバーを見ながらこの詞を書いたという秋元康のエピソードも、美空ひばりブランドに大きく寄与しました。
ひばりは、「川の流れのように」で世界に飛び立ち、不滅になりました。
3、『ジェリービーンズの片想い』
「川の流れのように」を書いた30数年前の秋元康に戻ります。そしてその才能の秘密を探ります。
『ジェリービーンズの片想い』(秋元康 CBS・ソニー出版)は、1987年2月14日の出版、『川の流れのように』のリリースは1989年1月11日、あの頃の秋元康が生き生きと生きています。
○「週末の日課(スケジュール)」
「オートマしか運転しない君は/僕のワーゲンが苦手だった。/七里ヶ浜の坂を登るたびに、/エンストを起こして、/あわてさせる。/一度なんか、コークスクリューのように/逆さにバックしてしまって、/僕がブレーキを踏まなければ、/電柱にぶるかるところだった。/そして「珊瑚礁」でスペアリブとカレー/を食べながら、ケンカするのが週末の/日課(スケジュール)になった。」
『ジェリービーンズの片想い』を読んでいて懐かしくなります。
七里ヶ浜、あそこで秋元さんもサーフィンやりましたか。僕は、まだ誰もいない海の七里ヶ浜で、遊んでいました。
ワーゲン。僕の友達のフォトグラファーもデザイナーも乗っていました。デザイナーはカブリオレでしたが。カッコよかった。
そしてレストランの「珊瑚礁」に驚きました。1972年にオープンのお店。スペアリブが当時のおしゃれ、時代の最先端でした。
本の帯には「初の描き下ろし短編集」とあります。詩集なのか短編集なのか。いずれにせよ、「2月14日発行」でわかるように、恋愛がコンセプトの本です。
○「ホテルの鍵」
「『もし、ホテルの鍵を返さないで/持ってきてしまったら、/街にある赤いポストに入れると、/世界中のどこのホテルの鍵でも/
そのホテルに届くんだってさ』/僕が人から聞いた話を/自慢気に話すと、君が答えた。/『切手はどこに貼るの?』/僕は、君のそういうピントのずれたとこ/ろが好きだ。
○「あて先のない手紙」
「『あて先は何も書かずに、/手紙の差し出し人のところに、/送りたい人の住所を書くと、/切手を貼らなくても返送されるから、ちゃんと送りたい人の所に、届くんだ』/ぼくが友達から聞いた”知恵”を/自慢すると、/君は、少し、意地悪な瞳をして答えた。/『あて先のないLOVE LETTERを/もらっても、うれしい?』」
詩集に出てくる僕は何の仕事をしているのかわかりません。彼女の君(同一人物ではありませんが)もどんな生活をしている人かわかりません。
ただの彼氏と彼女です。愛し合い、喧嘩し、よりを戻しているだけの二人です。
気がつくことがあります。彼が書いた詩なのに、女性の「君」が主人公になっていることです。
オートマしか運転できない君、僕とケンカする君、ピントの外れた君、意地悪な目をする君。
女性を「いい気持ち」にさせる、女性を「よいっしょと持ち上げている」文章です。
まず恋愛願望の女性に「売れる」コンセプトがあります。
次に七里ヶ浜、ワーゲン、スペアリブは「新しい」都会のライフスタイルで、さらにいえばバレンタインというテーマ自体も当時としては「新しい」コンセプトでした。
そして秋元康の才能、「みずみずしい理性」(感性ではない、『へ』理屈)があります、それがおちゃめな「ブランド」を構築しています。
さらに本のタイトル『ジェリービーンズの片想い』のジェリービーンズが、恋の駆け引きのキーワードになっています。
青のジェリービーンズがポッケから出てきたら進め、逆に赤のジェリービーンズだったら止まれ。
ですから「ジェリービーンズ」が女性マーケットをターゲットにしたコンセプトでキーワードになっています。
単純明快です。
秋元康はその後、AKB48でスーパーヒットを連発しますが、このコンセプトのキーワード化が作詞法の原型になっています。
コンセプトのキーワードで勝負、言葉遊びや、文学はやっていません。
4、コンセプト
コンセプトとは、わかったようでわかりにくい言葉です。
コンセプトとは、考え方、狙いです。いままでにない新しい考え方の発明です。
コンセプション(conception)とは妊娠、女性のおなかに新しい生命が、誕生することです。
商品という大きなマル(○)を書いて、その隣に顧客という大きなマル○を描く、そのマルとマルが重なったところがコンセプトです。
商品やサービスと、顧客との新しい関係の発明です。
コンセプトは、商品やサービスを「売る」ために考えられます。
コンセプトは、商品やサービスが「新しい市場」を作るために考えられます。
そしてコンセプトは、商品やサービスを扱う企業の「ブランドを構築」するために考えられます。
○白いクラウン(1967年)
それまでクルマといえば黒、法人向け、公用車でした。それに対抗して生み出された白いクラウンは、個人向け、私用車、マイカーでした。
トヨタ自動車は「白いクラウン」でマイカー時代の宣言をしました。歴史に残るコンセプトです。
○パスポートサイズ(1989年)
ソニーのビデオカメラ「ハンディカム」の大きさはパスポートと同じサイズでした(旧パスポート)。広告キャンペーンで「パスポートサイズ」が使われました。
折からの海外旅行ブーム、外国へはパスポートサイズの「ハンディカム」が当然のものになり、売れました。
○24時間戦えますか(1989年)
それまで栄養ドリンクは、スポーツ選手の愛用飲料、セクシーな男性の必需品として売られてきたのに対して、リゲインはビジネスマン・ドリンクとして広告コンセプトが立てられました。
インターネットの5年前ですが、ビジネスはファックスで24時間体制、都市も眠らない「24時間都市」になっていました。1989年の流行語大賞になりました。
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歴史のお勉強はこの程度にして、秋元康の作品からコンセプト作りの見事さを、学びます。
○ヘビーローテーション(2010年)
ラジオで頻繁にかけられる曲を「ヘビーローテーション」といいます。秋元が「ヘビーローテーション」という業界用語を見つけ、この作品のコンセプトのキーワード(キャッチコピーと言っても良い)にすることで、勝負は終わっています。
売れる、新しい。秋元は、24時間恋い焦がれる気持ちを、ヘビーローテーションと名付けました。もちろん男性の僕が君を恋する気持ちです。蜷川美香のVIDEOでは、ランジェリー姿の少女たちが戯れます。アーンして、キスして、全裸でバスタブに・・・もういけません。
○さよならクロール(2013年)
夏向けの曲を失恋ソングにするコンセプトの冒険。そしてそれが高校時代からの失恋という懐古趣味のコンセプトの冒険。ここでは「クロール」がコンセプトでキーワードになっています。高校時代に水泳部だった彼が「クロール」と呼ばれ、「さよならクロール」、「切ないクロール」、「思い出クロール」になり、「酸素が足りない 恋の息継ぎ」となっていきます。青空、青い海の下での失恋の私、彼に向かって「どこに向かって泳いでいるの?」と問いかける人生の不条理へと、失恋コンセプトは展開されます。でも、若さって素晴らしい。
○恋するフォーチュンクッキー(2014年)
これもモてない女の子を励ますがコンセプトです。秋元は食べるおみくじ、「フォーチュンクッキー」をコンセプトのキーワードにしました。可愛いコだけがいつも人気投票で1位だけど、「ツキを呼ぶには笑顔を見せること」とフォーチュンクッキーに運命をゆだねています。
さきほども言ったように、秋元の詞には文学やレトリックはありません。「人生捨てたもんじゃないね」。フォーチュンクッキーがあるワ、モてない女の子の救済のコンセプトで貫かれています。
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「インタヴュアーはしゃべって欲しいことを、あらかじめ教えて欲しい、私はその通りに話すから・・・」
冒頭のウォーホルの言葉は、何が売れるか教えてくれれば、つまり売れるコンセプトを提示してくれれば、新しさとブランド構築は自らが付け加えることができる。
私へのインタヴュー記事は売れますよ。アンディの自信の表明にほかなりません。
クリエイティブはコンセプトが全てです。アンディ・ウォーホルは広告のデザイナーとしてそのキャリアを始めています。
コンセプトを立てるのがうまい、秋元康の才能の秘密はここにあります。